持ち主不明の土地、九州より広く 「満州国在住」登記も

持ち主不明の土地、九州より広く 「満州国在住」登記も
6/26(月) 13:31配信 朝日新聞デジタル

「所有者不明土地」なぜ増える?

 相続未登記などで所有者が分からなくなっている可能性がある土地の総面積が、九州より広い約410万ヘクタールに達するとの推計結果を、有識者でつくる所有者不明土地問題研究会(座長・増田寛也元総務相)が26日公表した。こうした土地の増加は、森林の荒廃や土地取引の停滞などにつながるとして、研究会は年内に対策案を政府に提言する。

 研究会は、名義人の死亡後も相続登記されなかったり、住所が変わって名義人と連絡がつかなくなったりしている土地を「所有者不明土地」と定義。国土交通省の地籍調査や人口動態などを加味して推計したところ、所有者不明土地の総面積は、九州の面積(368万ヘクタール)を上回った。

 土地の筆数でみた所有者不明率は20・3%となり、土地の種類別では宅地が14%、農地が18・5%、林地は25・7%だった。全国約10万筆を対象に、最後の登記から50年以上が経過し、所有者が不明になっている可能性がある土地の割合が22・4%になるとした法務省のサンプル調査と似た傾向となった。

 これだけの土地が所有者不明とみられる背景には、人口減少で土地の資産価値が下がっていることがある。資産価値がなくても管理コストや登録免許税、固定資産税などの負担がかかるため、法定相続人がだれも相続登記せず、長年にわたって放置される構図だ。何十年も放置されると子や孫の代になって相続人がどんどん増えていき、事実上、相続も売却もできない「塩漬け物件」となる。

 国土交通省の調査をもとに、不動産登記後の年数と所有者不明率の関係を調べると、最後の登記から30年未満だと不明率は21%にとどまるが、50~69年になると62%、90年以上では80%に達した。

 研究会は今年1月から、自治体からの聞き取りなどで実態を調べてきた。登記簿上の所有者が満州国在住になっている、固定資産税の納税通知を送っても多くが戻ってくる、といった事例があったという。

 研究会では、所有者不明土地の対策として、政府や自治体がバラバラに管理している不動産に関する台帳のネットワーク化や、土地の放棄や寄付の受け皿づくりなどを挙げる。政府も、不明土地を公的な事業に利用できるようにする制度の検討を始めるなど対策に乗り出している。

 この日の会見で、増田氏は「今後、将来予測や経済的損失の試算もしていく」と話した。

サテライトオフィスで働き方改革 「お試し勤務」で企業ニーズを把握 誘致戦略につなげる

サテライトオフィスで働き方改革
「お試し勤務」で企業ニーズを把握 誘致戦略につなげる

総務省は、地域への「ヒト・情報」の流れを創出するため、「お試し勤務」を通じて、企業を誘致する施策を展開している。お試しサテライトオフィス事業の取組について、解説する。

2016年8月2日に閣議決定された「未来への投資を実現する経済対策」において、総務省は、地域への「ヒト・情報」の流れを創出し、地域経済の好循環のさらなる拡大に向け、「チャレンジ・ふるさとワーク」という新たなプロジェクトを立ち上げた。

6万社を対象にニーズ調査

この新プロジェクトの施策の一つである「お試しサテライトオフィス」は、2016年度補正予算及び2017年度予算により合わせて約4.5億円を確保して実施する事業である。

サテライトオフィスに関心はあるものの、いきなり地方に「サテライトオフィス」を設置するのはハードルが高いと感じている三大都市圏の民間企業を、国費によるモデル事業を実施する地方公共団体(以下「モデル団体」という。)に招へいし、「お試し勤務」の体験を通じて、地方へのサテライトオフィスの誘致を目指すものだ。

モデル団体においては、「お試し勤務」の受入れを通じて、民間企業のニーズを実践的に検証・分析することにより、民間企業にとって真に魅力的な執務環境・生活環境等を完備したサテライトオフィスを提供するための誘致戦略を策定することを内容とするものである。

総務省においても、モデル団体における取組を効果的に進めるため、三大都市圏内の民間企業等6万社を対象に「サテライトオフィス」設置に係る基本ニーズ調査を行った。

さらに、当該調査において「お試し勤務」に関心があると回答した企業等に対し、モデル団体の取組を示し、個々のモデル団体でのお試し勤務に関心のある企業等の情報を収集するマッチング調査を行い、当該情報をモデル団体に提供することにより、企業とのマッチングの支援を継続的に行っている。

また、2017年2月に開催した「ローカルライフを楽しもう! 移住交流フェア」において、お試しサテライトオフィスコーナーを設けたほか、4月にはお試しサテライト交流セミナーを開催し、モデル団体の取組を企業等に対してPRしたところである。

お試しサテライトオフィスの「モデル団体」

 

2017年度は計8件を採択

2016年度補正予算事業については、41件の提案があった。いずれも地域の魅力・特色を活かした創意工夫に富んだものであったが、外部有識者による評価を踏まえ、都道府県から2件、市町村から8件、合計10件を、また、2017年度予算事業については、21件の提案があり、都道府県1件、市町村7件、計8件の採択を行ったところである(上図参照)。

ニーズ調査で2300社が関心

三大都市圏に本社が存在する企業等6万社を対象に「サテライトオフィス」設置等に係るニーズ調査を実施し、1万955社から回答があった。

回答企業のうち、サテライトオフィスを既に導入している企業が850社(7.8%)、導入検討中が459社(4.2%)、導入していないが興味はある企業が1721社(15.7%)で、サテライトオフィスに前向きな企業は3008社(27.5%)となっている。

サテライトオフィス導入の目的・効果(複数回答)としては、「従業員の働き方の多様化」を挙げる企業が最も多く(54.3%)、次いで「業務効率の向上」や「従業員の移動時間、拘束時間の短縮化」を挙げる企業が多くなっている。

サテライトオフィス導入にあたり重要視するポイント(複数回答)としては、「社員やその家族にとっての魅力」を挙げる企業が最も多く(58.6%)、次いで「人材確保のしやすさ」や「本社からの交通アクセス」を挙げる企業が多くなっている。

また、ニーズ調査においては、モデル団体における「お試し勤務」への興味の有無についても調査を行ったが、「非常に興味がある」269社(2.5%)と「興味がある」2031社(18.8%)、合わせて2300社が本事業に関心を示しており、これらの企業等を対象に、「お試し勤務」を実施するとした場合に対象となるモデル団体(2016年度採択団体)を選択してもらうマッチング調査を実施。5月中旬に、選択されたモデル団体に対して当該企業情報を提供することにより、企業とモデル団体とのマッチングの支援を行ったところである。

今後、6月を目処に、企業と2017年度採択モデル団体とのマッチング調査を実施することとしている。

総務省は、数々のイベントで「お試しサテライトオフィス」の浸透を図っている。
4月に開催した「お試しサテライトオフィス交流セミナー」では、高市総務大臣が挨拶を行った

広報及びマッチング事業の展開

全国の移住関連情報や総務省が取り組む「チャレンジ・ふるさとワーク」、「地域おこし協力隊」などの関連施策を紹介することで、地方への移住・交流を推進する取組として、「ローカルライフを楽しもう! 移住交流フェア」を2017年2月12日に東京国際フォーラムにおいて開催した。

本フェアにおいては、「お試しサテライトオフィスコーナー」を特別に設置し、モデル団体の紹介ブースや、サテライトオフィス(モバイルワーク)の体験コーナーを展示し、来場者に地方におけるサテライトオフィスでの新しい働き方をイメージできる機会を提供した。

また、当日は「ワークスタイル変革の実現~〔お試しサテライトオフィス事業〕の推進~」と題してトークステージを開催し、日本マイクロソフトのエグゼクティブアドバイザー・小柳津篤氏や、プラットイーズ取締役会長・隅田徹氏をパネリストに迎え、ワークスタイル変革やサテライトオフィス設置の実践について議論をいただいた。

さらに、「お試しサテライトオフィス」の取組に興味のある民間企業等の担当者とモデル団体の関係者間の交流を図るため、「お試しサテライトオフィス交流セミナー」を4月24日に総務省地下講堂において開催した。

本セミナーは、総務省より「サテライトオフィス設置に係る民間企業等のニーズ調査等の結果」及び「ふるさとテレワーク等の推進」の説明後に、各モデル団体から「事業コンセプト」や「お試し勤務募集情報」のアピールなどを実施した。

当日は、高市総務大臣より「本事業の成果が全国に広がり、地方への『ヒト・情報』の流れが加速すること。そして『地方からGDPを押し上げる』ムーブメントに繋がっていくことを期待する」との挨拶をいただいた。

プログラムの最後では、企業とモデル団体との情報交換会を開催し、モデル団体と企業関係者との間で積極的な情報交換が行われた。

総務省においては、今後とも民間企業等とモデル団体との間におけるマッチング支援を継続的に実施する予定である。

2月の「ローカルライフを楽しもう! 移住交流フェア」では、お試しサテライトオフィスのコーナーを特別に設けたほか、トークイベントを開催

モデル団体の受入れ状況

5月11日時点におけるモデル団体への企業の受入れ状況であるが、2016年度採択10団体中、6団体において、延べ31企業の「お試し勤務」を受け入れており、延べ勤務実数は164日となっている。

それぞれ、独自のチャネルで企業のアプローチに成功したものであり、受入れ期間は数日~数ヵ月と多岐にわたっている。

また、9団体において、36企業の受入れが決定しているが、さらなる企業の掘り起こしにより、様々な企業の「お試し勤務」の受入れを通じて、多様なニーズを把握するとともに、行政のみならず、企業や大学等、地域の関係者を巻き込んだ協力体制を構築することにより、地域一体となった効果的な誘致戦略の策定が望まれる。

それにより多くのサテライトオフィスの誘致、そして地方への「ヒト・情報」の流れの加速に繋がっていくことを期待したい。

話題のパンダも登場 観光資源として注目される“キャラ”化した郵便ポストたち

話題のパンダも登場 観光資源として注目される“キャラ”化した郵便ポストたち
週刊女性2017年7月4日号

今月から(消費税増税以外の理由では)23年ぶりにはがき、切手の料金が値上げされた。メールやLINEの普及でポストを利用する機会も減っているが、思わず手紙を出したくなるポストたちが、全国には点在しているって知ってました?


日本全国にある珍しい郵便ポスト

ご当地キャラやデザインマンホールなどで町おこしをするところが増えているが、新たな観光資源になりつつあるのが、ご当地の特色が反映されたユニークな郵便ポスト

今回、撮影モデルを務めてくれたタレントの米丸日向くんも日本一大きなポストを前に目を丸くしていた。

全国にはいろんなポストがあるんだなって驚きました。イベントで地方に行く機会も増えてきたので、これからはチェックします」

若い世代は手紙を出す機会が減っているが、米丸くんは手紙の重みを感じるという。

「書いているぶん、手紙のほうがより思いが伝わりますよね。ファンレターから元気をもらうことも多いので、読者のみなさんも好きな人に手紙を送ってみてください」

<モデル>

米丸日向(よねまる・ひなた)。17歳。大阪府出身。音楽グループ『ジュノン・スーパーボーイ・アナザーズ』チームYOUTHメンバーとして活動中。7月28日にワンマンライブがZepp Tokyoで行われる。

※外部配信先ではすべての写真をご覧になれません。記事中に写真リンクがない場合は、関連記事の一番上にある元記事でご確認ください。

今も使用できる丸ポストが32本と、都内で最も多い小平市。“丸いポストのまち”のシンボルとして製作されたのがこちら。高さ2.8m(隣の米丸日向くんの身長は176cm)。投函口は上が高さ2.1m。下は1.4mの高さで、両方使えるので子どもや女性も安心。撮影/渡邉智裕

鳴子こけしで有名な宮城県・鳴子温泉郷には一見、巨大なこけしに見えるポストが。「鳴子こけしは首を回すと音が鳴るのが特徴ですが、残念ながらポストの首は回りません(笑)。どこにあるの? と問い合わせもあり、人気スポットのひとつになっています」(担当者)写真提供/大崎市鳴子総合支所地域振興課

愛知県・豊川稲荷境内には国内現役最古の丸型郵便ポストが。 1912年製で、郵便の文字が右書きで書かれているのは現在、日本に2つしか存在していないとか。撮影/大嶺こず恵

熊本市の下通りには、熊本のシンボル・熊本城の形をしたものが。石垣の部分が、熊本城の代名詞でもある“武者返し”になっているのが城マニアにはたまらない!? 撮影/大嶺こず恵

東京スカイツリータウン・ソラマチの9Fにある郵政博物館には、東京スカイツリー型が。投函された郵便物には、東京スカイツリーの印影が入った向島郵便局の消印が押される。撮影/大嶺こず恵

おばあちゃんの原宿と言われる、東京・巣鴨地蔵通り商店街にある巣鴨郵便局前には、どこか懐かしい公式イメージキャラクター“すがもん”デザインを設置。撮影/大嶺こず恵

12日にジャイアントパンダの赤ちゃんが誕生し、パンダフィーバー中の東京・上野動物園の入り口には、こんなポストが。今後は記念撮影スポットになること必至!? 撮影/大嶺こず恵

桃太郎で有名な岡山駅前には、桃太郎ポストまで。屋根のある場所に設置されているため、地元では雨の日の待ち合わせ場所に。撮影/大嶺こず恵

富山県・高岡駅交通広場には、同市出身の藤子・F・不二雄の生誕80年を記念して、高岡銅器で製作したドラえもん型が登場。撮影/大嶺こず恵

’16年、東京・切手の博物館開館20周年を記念して、3年間、同施設のある目白に住んでいた楳図かずお『まことちゃん』柄が設置された。楳図のイメージである赤と白のボーダー柄で目立ちまくり。撮影/大嶺こず恵

「いけふくろう」像が定番の待ち合わせスポットになっている東京・池袋の駅前郵便局前には、豊島区広報キャラクター「としま ななまる」をプリントした大胆なものも。

東京・浅草にある遊園地『花やしき』前にある、レトロな乗りもの・パンダカーのモチーフはとってもキュート☆ この夏、上野動物園とセットで訪れたいスポットだ。撮影/大嶺こず恵

埼玉県・JR大宮駅の開業120周年を記念して設置されたのは「かえるポスト」。鉄道車両の部品を再利用して作られており、“無事に帰る”という意味が。撮影/大嶺こず恵

新幹線も走るターミナル駅である東京・品川駅には、東海道線カラーのポストが♪ 東海道線の支線である品鶴線と山手線の起点を示す“0kmポスト”のオブジェにもなっている。撮影/大嶺こず恵

日本唯一の墓地設計家が作る、見たこともない墓 時代が要請する「家」と「墓」の発明

日本唯一の墓地設計家が作る、見たこともない墓
時代が要請する「家」と「墓」の発明
2017年6月26日(月)

 彼女は今、「墓地設計家」を名乗っている。

JR新宿駅から電車に揺られて1時間。横浜線片倉駅に降り立って、多摩丘陵の森の中を10分ほど歩くと、視界が急に開ける。「風の丘 樹木葬墓地」。これまで全く見たことがない墓地の姿が、視線の先にあった。

梅雨前の6月上旬。快晴のもとで現地を訪れた記者は、素直に「これが墓地なのか」と思った。

風の丘 樹木葬墓地の全景(写真:全て吉成 大輔)

まるで公園のようである。芝生で覆われたうねる大地の中を、曲がりくねった小さな道が貫通する。入り口には大きな水盤が設けられ、そこに小さな献花台がある。

墓石は一つもない。骨壷が眠るのは芝生の下。35cm角の区画が割り当てられ、その個別区画に骨壷を埋葬する仕組みだ。区画数は約3000。この芝生の丘が、全体で一つの大きな墓である。森の中に現れた公園のような空間は、これまでの墓地のイメージを払拭するかのようなインパクトがある。

通路の両脇に設けた金属板に埋葬された方の氏名の刻印が入る。芝生のどの辺りに眠るのかはその銘板で知る。

風の丘 樹木葬墓地を設計した関野らんさん

設計したのは、一級建築士の資格を持つ関野らんさん。恐らく、「墓地設計家」を名乗るのは国内で彼女だけだろう。大学で建築・土木のデザインを学んだ彼女が設計する墓地に、関係者が熱視線を送る。これまで6カ所の墓地が完成し、未完成・進行中のプロジェクトを合わせると20カ所を超える。

これまでと比べものにならない売れ方だ

風の丘は今年春にプレオープンし、反響を呼んでいる。売り出した区画のうち、既に100区画が売れた。風の丘を運営する曹洞宗・白華山 慈眼寺の田辺慎吾住職は「これまでの墓地のスピードとは比べものにならない売れ方。多様な『眠り方』へのニーズを実感している」と話す。今年末に全面オープンを控え、未発売の区画への引き合いも多い。

契約者の多くが、生前に自分の墓を購入した層だ。「終活」との言葉が流行しているように、自由に自分の墓を選ぶ時代になった。

献花台の水盤に花弁を浮かべる

新しいのは空間だけではない。この墓地では、一般的に墓石の両脇に配置される花立はない。水盤を設けた献花台に、花弁だけを切り取って浮かべる。これがこの墓地の献花の仕組みだ。浮かべた花弁を前に手を合わせ、丘全体にお参りをする。

埋葬の仕方も独特である。芝の下に骨壷を埋葬する期間は、13年か33年。先祖代々の墓のように骨壷が半永久的に残るのではなく、期間が来たら、その区画から骨壷を取り出し、芝生の別のエリアに設けた合葬墓に移して安置する。跡取りがいないなどの背景で、有期限の個別供養を設定する例が増えてきているが、期限が来たら納骨堂へ移すのが一般的だ。墓地の内部で合葬する点は珍しいと言える。

こうした供養の仕組みについても、関野さんと慈眼寺の議論の中で生まれたものだ。

これまでにない形の墓地が注目を集めるのは、時代に応じて、「生き方」=「死に方」のニーズが変化してきたからに他ならない。

少なくとも近代化以降、日本では「家意識」の高まりとともに先祖代々が眠る「家墓」が一般的となった。墓地に一定の区画を借り上げて墓石を設け、寺の檀家となる。

住まいのアナロジーとしての墓

ただし、戦後から高度成長期に都市部への人口流入が増え、その層が高齢化した現代、墓の在り方に「歪み」が生まれてきた。地方で生まれ育ったが都市部で就職する人口が爆発的に増えた。人口動態という観点とは別に、この人口移動をもって近代以降を「生まれた地域と死ぬ地域が異なるようになった時代」と捉えることもできるだろう。

これは「住まい」のアナロジーとして表現できる。「家墓」=「戸建ての一軒家」である。3世帯住居は当たり前で、住まいという箱を血縁で守ろうとする時代があった。

逆に都市部では住宅が全く足りなくなった。戦後の住宅焼失もあって住宅不足が一気に顕在化した。戦後復興院によれば、1940年代後半の住宅不足数は450万戸。早期の大量供給が国の大命題となり、この課題は高度成長が始まる1950年代から1960年まで続くことになる。

限られた土地の中で戸数を増やさねばならないという制約の中で、住宅の“発明”が生まれた。国家事業だった公営住宅の建設にあたり、政府は日本建築家協会(当時の建築設計監理協会)に標準設計の作成を委託。多くの建築家がアイデアを出す中で生まれたのが、後に「51C」と呼ばれるようになる案だった。現代日本の住宅の原点とも言われるものだ。

正式名称は「公営住宅標準設計C型」。当時、建築学で提唱されていた「食寝分離」と「就寝分離」の原則を当てはめた結果、壁やふすまによる区切りと、食事ができる台所(=ダイニングキッチン)が生まれた。現在では「2DK」と呼ぶ間取りである。それまでの日本の伝統的な住宅に、ダイニングは存在しない。台所から離れた居間で食事を取るのが一般的だった。

1955年に立ち上がった日本住宅公団は、この標準設計をもとに都市部に大量の集合住宅を建設した。2DKは日本の戦後住宅のスタンダードとなり、限られた土地に大量の住まいを生み出していったのだった。

その後、「DK」は「LDK」へと姿を変え、日本の住宅に当たり前に根付いていった。

ただし、現代ではニーズは多様化している。LDK型のタワーマンションを好む層がいれば、賃貸で低層住宅に住まいたい層もいる。シェアハウスが誕生し、最小限の専有部があれば共用部で仲間や他人と暮らす方が向いていると考える人もいる。

この流れは、そっくりそのまま墓にも適用できるだろう。

倍率30倍で墓に入る

生まれた地域と死ぬ地域が異なる時代に、墓のカタチは既に多様化している。地方の墓地では跡継ぎがおらずに墓じまいをする例も目立つようになった。

一方、都市部では墓地が圧倒的に不足している。東京都内の墓地需要は年間3万基とみられるが、法規制や近隣住民の反対などで墓地の新設はほとんど進んでいない。既存墓地の拡張でしのいでいる状況が続く。東京都によれば、2016年の都立墓地の抽選倍率は6.1倍(一般埋蔵施設)である。

ニーズの変化もある。子がいない夫婦や離婚した人、同性婚などの家族のカタチの変化だけではない。子息に迷惑を掛けまいと都市部における家墓を敬遠する層や、夫婦であっても別々に眠りたい人など、死後のニーズ様々だ。

供給不足やニーズの変化に応じて、墓のカタチも変化している。都心部ではベルトコンベア式の納骨堂が増え続ける。まるでタワーマンションのようだ。

墓石の代わりに樹木を墓標とする「樹木葬」が日本で初めて登場したのは1999年。岩手県一関市の寺で認可が降りると2000年代に見学が相次ぎ、首都圏でも民間の樹木葬墓地が多く生まれた。東京都も2012年、小平霊園に都立初となる樹木葬墓地を作った。初年度の倍率は30倍を超えた。

関野さんが設計した「風の丘」も、樹木葬を名乗ってはいるが、実際のところ樹木を墓標とするという狭義の樹木葬ではない。まだ名前も付いていないほど新しいものだ。

彼女が物体としての墓だけでなく、儀礼の方法や有期供養などの仕組みも含めて提案するのは、その墓を持続的に存在させなければならないという思いからだ。

「10年以上、墓地の設計を続けてきて、現代社会のライフスタイルを墓地にも求められていることは強く実感している。地縁血縁だけでない関係性も重視し、家族の在り方も変わった。合理的なものこそが正しいと思う傾向が強まり、仏教的な考え方が合わない層もいる。夫婦やパートナーとの関係も変化した。どこにでも行ける時代になり、インターネットで世界とつながっている」

「うまく言葉にできないけれど、個人としての『個別性』を重視する一方で、つながっていたいという『連続性』も大切にする。その両面が墓地に求められている。『社会の一部』としての身体の重要性も高まっているように思う。だからこそ、子孫に迷惑はかけたくないがどこかで誰かと眠っていたいというニーズがある」

墓地を「経営」する難しさ

墓地を持続的に存続させる仕組みの一つが「経営」だろう。一般的な墓地のビジネスモデルは、戸建住宅と同じ「売り切り」だ。檀家として登録し、お布施と管理料によって維持していく。ただし、「このモデルはある程度、檀家数の規模がないと成り立たない。現代では檀家になろうとする人が少なく、難しいだろう」(慈眼寺の田辺住職)。

有期供養であれば、代替わりによって収入が見込める。ただし、永代供養が一般的な日本において、「期限が来たら合祀する」というのはチャレンジの一つだった。流行りだした樹木葬でも、一般的なのは永代供養だ。供養の儀礼についてもそうだろう。個別のお供え物は認めていないからだ。

「全く違和感はありませんでした」。田辺住職は関野さんの提案をこう振り返る。挑戦的ではあるが、ニーズも多様化しているし、何よりビジネスとして成立しなければ存続できない――。そんな思いがあったはずだ。

「正解は一つじゃない」。関野さんはこう言う。だからこそ、彼女は設計するたびに、仕組みを含めたこれまでにはないカタチを提案している。

共通しているのは、時間が経つほど良いものになるデザインだ。長い時間、耐えうるもの。それが結果的に、持続的な墓地を実現する。「血縁でなくとも、長い時間受け継がれているものは価値が高まる」(関野さん)からだ。

時代が変われば「住まい」のカタチは変わる。それは生きている間に住む家も、死んだ後に眠る「墓」も同じだ。ただ、そこには時差があった。60年前に51Cを発明した日本の設計者。住宅需要は60年経って墓需要に変わり、今度は墓に発明を迫る。関野さんの取り組みは、現代社会の命題に答えようとしているように見える。

JR名古屋駅の「進化」は東京・大阪駅を超えた

JR名古屋駅の「進化」は東京・大阪駅を超えた
6/26(月) 5:00配信 東洋経済オンライン

近年は駅を再開発して高層ビル化する例が相次いでいる。東京駅、大阪駅といった日本を代表するターミナル駅も例外ではない。JR東京駅の丸の内口側は駅舎が創建当時の姿に復原され観光客の訪問が絶えないが、八重洲口側には43階建てのグラントウキョウノースタワー、42階建てのグラントウキョウサウスタワーがそびえ立つ。JR大阪駅はプラットホームを巨大な大屋根が覆い、駅の南北にそれぞれ27階建て、28階建ての高層ビルが立つ。

ところが、JR名古屋駅のスケールはそのはるか上をいく。JRセントラルタワーズという53階建てと51階建ての超高層ビルを擁し、さらに駅直結の46階建てのJRゲートタワーが今年4月、新たに全面開業した。超高層ビルが3本もそびえ立つ姿は、東京駅や大阪駅とはまったく違う。

これらのビルは巨額の収益を生み出す。「連結子会社の売上高を単純計算すると2015年度は5696億円。これを底支えしているのがセントラルタワーズ」(JR東海<東海旅客鉄道>の柘植康英社長)。JR東海というと新幹線で稼いでいる会社という印象が強いが、鉄道以外からもかなりのキャッシュがもたらされている。

百貨店は地域一番店に

「ついにこの日が来たか」――。今年5月、名古屋圏の百貨店売上高で長年トップの座を守ってきた栄地区が2位に陥落、代わって2位だった名駅地区がトップに躍り出た。名古屋圏の商業エリアの主役が交代した瞬間だ。

名古屋の繁華街といえば、長年にわたって栄地区が代表格だった。三越や松坂屋、パルコ、そして地元の丸栄が競って集客を行い、大規模な地下街も人であふれていた。

7月5日発売、東洋経済臨時増刊「名古屋の逆襲!」。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。

一方の名駅地区はJR名古屋駅を中心としたエリア。1993年まで使われていた旧名古屋駅は、JR東京駅を超える「東洋一の駅」とうたわれるほどの威容を誇っていた。ただ、商業施設の集積という点では、名鉄百貨店などの百貨店があるものの、栄に次ぐ2番手の地位に甘んじていた。

しかし名古屋駅の再開発に伴い2000年に駅の真上に「ジェイアール名古屋タカシマヤ(高島屋)」が開業すると、客が少しずつ名駅地区に流れ始めた。2011年3月、高島屋は栄の松坂屋名古屋店を抜き去り、名古屋地域の百貨店で単月売り上げトップを獲得。2015年には年間売上高でもトップに立ち、名古屋ナンバーワン百貨店の座を確固たるものとした。そして今年5月、エリア全体の百貨店売上高でも名駅が栄を抜き去ったのだ。

名駅地区で5月の売り上げが押し上げられたのは、4月に名古屋駅直結のタカシマヤゲートタワーモールが開設された効果が大きい。百貨店とモールを合わせると、「百貨店単館だった前年同月との比較で、入店客数が約1.7倍に伸びている」(JR東海)という。

当のJR東海もここまでの成功は予想していなかった。1990年にJR東海が名古屋駅を再開発して高層ビル化する計画を決めた際、高島屋ではなく松坂屋が入居する予定だった。

松坂屋は当時、栄に加え現在ゲートタワーがある場所でも松坂屋名古屋駅店を営業していた(2010年に閉店)。にもかかわらず松坂屋が出店を決めた理由は「他地域の百貨店が出店して客を奪われたら大変だ」という判断が働いたためだ。折しもバブル景気がピークを迎えた頃である。あるいは、「名古屋駅に2店出店しても大丈夫」と甘く考えていたのかもしれない。

しかし、その後バブル崩壊に伴い松坂屋の業績は急速に悪化、投資負担の大きい名古屋駅出店を1994年に断念した。JR東海は松坂屋に代わる百貨店探しに追われた。高島屋が新たなパートナーに決まったのは1996年のことである。

近隣県から名古屋に買い物にやってくる

東洋一といわれた旧名古屋駅(写真:JR東海)

高島屋開業初年度の売上高は608億円。それが2014年度には1300億円を突破、14年間で倍増した。一般的に百貨店は、ショッピングモールやネット販売などの新業態に押され、ビジネスモデルとしては陳腐化しつつある。なぜ、ここまで業績を伸ばすことができたのか。

駅直結だから成功したという見方もあるが、それは数ある要因の1つにすぎない。駅直結でも成功していない例はある。たとえばJR大阪駅は大規模開発に際して三越伊勢丹が出店したが、売り上げ不振で店舗面積の縮小に追い込まれている。

「新幹線乗降客に加え、岐阜や三重といった近隣の県から名古屋に買い物に来る人が増えたことが要因の1つ」と、JR東海の担当者は言う。確かに近隣県の買い物客にとっては、わざわざ名古屋で地下鉄に乗り換えて栄の百貨店に行くのはおっくうかもしれない。名古屋駅の真上にあるデパートで買い物ができるなら、それに越したことはない。

では、近隣県からの流入はどのくらいあったのだろうか。2002年ごろには1日平均17万人程度だったJR名古屋駅の平均乗車人員は2015年度には20万人になった。確かに増えているが、高島屋の売り上げの伸びに比べれば小さい。

注目したいのが、高島屋の入店客数の推移である。こちらは倍増どころか開業以来ほとんど横ばいなのだ。つまり、売り上げ増の理由は1人当たり購入額が上昇したからということになる。

JR東海は「積極的に売り場の改装や催事を行うことで、新鮮味を保ち、話題づくりにも力を入れている」と説明している。一例が、「売り上げ日本一」と称されるバレンタイン商戦だ。ここでしか買えない限定商品がずらりと並び、多くの買い物客が開店前から列を作る。今や冬の風物詩だ。こうした施策を矢継ぎ早に行うことが、1人当たり購入額の増加につながっているといえる。

高島屋のショッピングモールが入居するゲートタワーには、「名古屋JRゲートタワーホテル」も4月に開業した。名古屋駅直結のホテルとしては、高級タイプの「名古屋マリオットアソシアホテル」がすでに開業しているが、今般開業したホテルはより手頃な価格に設定されている。ビジネスパーソンの出張にも使えるし、ファミリー向けの部屋もある。

JRゲートタワーホテルには「トレインビュー」の部屋がある(記者撮影)

駅側の部屋を希望すれば、窓から名古屋駅のホームを見下ろすことができる。現在は深夜の時間帯に名古屋駅でリニア中央新幹線の工事が行われているので、運がよければその様子をホテルから見ることもできる。

オフィス、百貨店、ショッピングモール、そして2つのホテル。駅をここまで大規模に改造したのはJR各社の中ではJR東海くらいだ。JR東海はほかのJRと比べて不動産開発の可能な土地が少ない。その中で名古屋駅は数少ない金の卵を生むガチョウだった。他社以上に開発に力を入れたのは必然だったかもしれない。

名古屋駅はギネス「世界一」に

名古屋駅の向かい側には、「大名古屋ビルヂング」という2015年竣工の高層ビルが立っている。名前に“大”がついているのが不思議だが、同ビルのHPには、同じ名前の旧ビルが1965年に竣工した際に、「躍動を続ける大名古屋市」にちなんで命名されたとの説明がある。名古屋をさらに大きく発展させたいという先人たちの思いが込められているのだろう。

名古屋市の人口は231万人。横浜市に抜かれ、日本の都市では4番目になってしまった。人口196万人で現在も北海道全域からの移住が続く札幌市が背後に迫る。

名古屋は市の規模では東京や大阪に見劣りするが、名古屋駅は、旧駅の”東洋一“どころか、2002年には「世界最大の駅ビル」としてギネスブックに認定され、世界レベルの駅になった(現在は抹消)。2027年には隣りにある名古屋鉄道の名古屋駅も全長400メートルという壁のような巨大な駅ビルに生まれ変わる。

東京駅や大阪駅を凌駕する名古屋駅の威容は、先人が夢見た「大ナゴヤ」を具現化したものともいえるかもしれない。

公務員定年延長へ議論=来秋にも法改正案―政府

公務員定年延長へ議論=来秋にも法改正案―政府
6/25(日) 8:39配信 時事通信

 政府は、公務員の定年延長に向け、近く関係府省で議論する場を立ち上げる方針を固めた。

 定年を現行の60歳から延ばした場合の職員定数の調整方法や、人件費の在り方を話し合う。早ければ来年秋の臨時国会に国家公務員法など関連法改正案を提出する見通しだ。

 定年延長に関する政府方針は、国に準じて制度が決まる地方公務員にも影響を及ぼす可能性がある。

 年金の支給開始年齢が2013年度以降、60歳から段階的に65歳に引き上げられているため、定年後の公務員に無収入の期間が発生することが課題となっている。

 政府は当面、希望者を再任用する対応を取っているが、自民党の1億総活躍推進本部が今年5月に公務員の定年延長を提言。6月に閣議決定された経済財政運営の基本指針「骨太の方針」にも具体的な検討を進めることが盛り込まれた。

 関係府省による議論では、公務員全体の定数を調整しながら定年を引き上げる方法を探る。公務員は定数の上限が法律で決まっており、単純に定年を引き上げると、適切な新規採用ができなくなるためだ。

 公務員の人件費が増えることに世論の批判も考えられることから、慎重に検討する。給与を60歳以降大幅に下げる形とするか、中高年層の水準を現行より低く抑えて全体的に緩やかな変動とするかといったことが論点となる。 

川崎市のロゴ「乱立」 イメージアップ躍起、印象散逸?

川崎市のロゴ「乱立」 イメージアップ躍起、印象散逸?
6/23(金) 9:19配信 朝日新聞デジタル

川崎市のブランドメッセージとロゴ(市提供)

 「統一感のある情報発信を行う」として昨夏にブランドロゴを作った川崎市が今春、人口が150万人を突破したことを記念して新たなマークを策定した。さらに今月、「かわさきパラムーブメント」のロゴも発表。イメージアップが課題の川崎市だが、一部の市議からは「ロゴの乱立だ」との批判や、「際限がなく、イメージが散逸する」との懸念の声が上がっている。

 6日に福田紀彦市長が発表したマークは、ブランドロゴと同じ赤、青、緑で「パ」の文字を描き、「めざせ!やさしさ日本代表!」とのメッセージを添えた。障害や年齢にかかわらず、誰もが暮らしやすい街づくりを進める取り組みを周知するためといい、ウェブで公開中のPR動画なども含め、約700万円を投じた。

 昨夏、ブランドメッセージ「Colors,Future! いろいろって、未来。」と「川」の字をあしらったロゴを策定した際は市議会で大きな議論になった。市には元々、1994年度に設けられたシンボルマークがあった。各部署も「ゆるキャラ」を作っており、市のウェブサイトで紹介されているだけでも約30体が「活躍中」だ。

 昨年4月の市議会では、市議から「どんどん出てくるキャラクターはそのままで、新しいの(ブランドロゴ)がかぶさってくる」と統一感を疑問視する指摘が出た。また、同年6月の市議会でもロゴについて「川越市や川口市、川西市など川がつく市であればどこでも使用できそうなデザイン」との批判が上がった。

 今月6日の会見で、ロゴが増えるとまたイメージが分かりづらくなるのではないかと記者から問われた福田市長は、「(同じ)轍(てつ)は踏まないように頑張っていく」と答えた。

 ロゴやブランドメッセージを用いた情報発信に市が力を入れる背景には、イメージがいま一つなことがある。阿部孝夫前市長は2005年、「多彩な魅力が、他都市の方々にあまり知られておらず、芳しくない都市イメージを持たれている」とした。実際、市が04年に周辺地域の人に市のイメージを尋ねたところ、「やや悪い」「悪い」との回答が計約4割を占めた。とりわけ年代が高い人には「産業」や「公害」の印象が強かった。

 ブランドロゴ策定後の今年、市民を対象に市が実施したアンケートでも「市に、魅力やよいイメージがあると感じる」と答えた人の割合は37・5%にとどまり、前回15年の調査から3・2ポイント低下。逆に「そう思わない」「あまりそう思わない」の合計は23・3%で、5・6ポイント増えた。

学校の給食焦げだらけ…1時間半遅れも 春日部市、業者と契約解除

学校の給食焦げだらけ…1時間半遅れも 春日部市、業者と契約解除
6/22(木) 22:11配信 埼玉新聞

小学校の給食で4月に調理される予定だった「えびとイカのちりソース」。調理を失敗し、ソースは焦げだらけとなり、児童に提供されなかった

 埼玉県春日部市の一部小学校の給食で、調理が給食の時間に間に合わなかったり、調理に失敗して焦げるなどしたとして、市が調理を請け負っていたさいたま市の業者との契約を5月末に解除したことが22日、分かった。市がこの業者と給食業務を委託したのは初めてで、業務開始からわずか2カ月だった。児童の健康被害はないという。

 市教委によると、市は今年4月から、市内の5小学校計約3千食分の給食調理をこの業者に委託。5校のうち複数の学校で、給食開始時間までに調理が間に合わなかったり、調理を失敗するなどのトラブルが続いた。ある小学校では、給食開始が最大で1時間半遅れた。チリソースの調理で具材を焦がし、約700人分の総菜を提供できず、レトルトの卵焼きに献立を変更したこともあるという。

 市は業者に指導を実施したが、改善されなかったため、5月末で契約を打ち切った。4月からのわずか2カ月間で、調理は33回だった。6月1日から、別の小学校に委託している業者2社が事業を請け負い、給食は問題なく提供されているという。

 市は市立37小中学校のうち、旧春日部市域の28小中学校で自校方式の給食を児童らに提供。各校に配置した栄養士が献立を作成し、委託を受けた調理員が調理している。

 トラブルが起きた業者との契約金額は、今年4月から2020年3月まで3年で約3億4639万円。この業者は昨年、予定価格約3億7901万円の一般入札で最も安い額を示し落札していた。

 市は業者の提出した人員配置計画を事前に確認したとしている。市教委の担当者は「自校方式で手作り給食を進める上で、市が求めている調理水準を業者が理解していなかった。今回のことを反省し、今後に生かしたい」と話した。

 契約解除となった業者は「市にご迷惑を掛けてしまったことは事実。人が足りなかったり、調理員への教育が徹底できなかった」とコメントしている。

「北海寮」人気のワケは 道出身者専用、倍率2~3倍

「北海寮」人気のワケは 道出身者専用、倍率2~3倍
6/19(月) 7:58配信 朝日新聞デジタル

 東京にある北海道出身者専用の学生寮「北海寮」が人気を集めている。少子化もなんのその、入寮試験の倍率は2~3倍が当たり前という「狭き門」だ。創設から84年。長きにわたる人気の秘密とは――。

 北海寮は練馬区石神井(しゃくじい)台の住宅街にある。5月20日の土曜日の夕方。西武新宿線武蔵関駅周辺を、72人の寮生のほぼ全員が練り歩いた。62回目の寮祭に伴う恒例のあんどん行列。学ラン姿の1年生は、なじみの居酒屋「丸忠」の前で「フレーフレー」と叫んだ。これも恒例の「応援演武」だ。

 法政大1年の泉尚志さん(18)=札幌北高卒=は「今日は仲間と一緒に頑張りたい」と気合十分。丸忠店主の蓬田俊さん(80)は「寮生とは30年以上の付き合い。若い感覚を教えてくれる」と笑顔で語った。翌21日には寮で地元住民に北海道の食を振る舞い、交流を深めた。

 北海寮は1933(昭和8)年に、関東で学ぶ北海道出身の学生の経済的負担を減らすことを目的に創設された。93年には鉄筋コンクリート3階建ての今の寮が完成。72部屋ある個室(9・9平方メートル)の家賃は月6万5千円で、日曜を除き朝夕2食が提供される。現在は道内30高校出身の72人が首都圏の27大学(昼間部)に通う。OBは1600人超に及ぶ。

 運営するのは公益財団法人「北海道在京学生後援会」(塚越孝平理事長)。卒業する寮生の数を定員として、毎年3月に入寮試験を実施する。2016年春は卒寮生が多く、大学の合格者が少なかったため、創設以来初の定員割れとなったが、近年の入寮試験の倍率は1・5~3・5倍ほどの人気を誇る。塚越理事長は「安心と安全が魅力なのだろう」とみている。

 寮祭で応援団長を務めた明治大学1年の石川龍生さん(18)=函館中部高卒=は「母に紹介され、面白そうと思った。毎日が修学旅行のようで楽しい。上下関係は厳しいが、面白い先輩もいる」と寮生活を語る。父の彰さん(59)は「同郷の寮生たちと生活することで、相手の気持ちを考えられる人間になってほしい」と願う。

 今後、寮生確保が難しくなる可能性もある。文部科学省の「学校基本調査」によると、東京の大学に進学した道内高校出身者は、06年度の1854人が16年度は2155人に増えた。だが、男子の割合は61・4%から55・3%に減少しており、実数は頭打ちだ。

 塚越理事長は「今のところは十分な学生数が集まっている」と話すが、大学院生や女子学生の受け入れも検討していくという。

WordPressの運営会社が本社オフィスを閉鎖 —— リモートワークに完全移行

WordPressの運営会社が本社オフィスを閉鎖 —— リモートワークに完全移行

マット・マレンウェッグ氏の写真

AutomatticのCEOマット・マレンウェッグ氏

WordPress

人気のブログサービスWordPressの運営会社Automatticは、サンフランシスコの本社オフィスを閉鎖するという異例の決定を行った。従業員は、自宅やカフェ、どこでも好きな場所で、働くことになる。

実は、もうとっくに従業員たちはそうしていたとウェブメディアQuartzのオリバー・ステイリー(Oliver Staley)氏は伝えている。だからこそ、AutomatticのCEOマット・マレンウェッグ(Matt Mullenweg)氏は、とてもきれいなのに、ほとんど使われていないオフィスを見て、会社のお金を別のことに使うことにした。

「Automatticは、初期の頃から完全に分散型の会社だった。サンフランシスコオフィスは、好きな時に使えるコワーキングスペースやイベントスペースみたいなものだった」と同社広報担当者マーク・アームストロング(Mark Armstrong)氏はBusiness Insiderに語った。

アームストロング氏によると、同社の550人超の従業員のうち、サンフランシスコ近辺に住んでいるのは30人程度に過ぎない。他は50カ国以上に散らばっているとウォール・ストリート・ジャーナルは報じている

Automatticは、リモートワークを徹底的に推進していることで有名だ。会社の体制は完全にリモートワーク向けになっている。従業員にはホームオフィスを推奨し、ミーティングはオンラインで行われ、全てがチャットルームで完了できる。チームメンバー同士が実際に対面する必要がある際は、会社が世界中どこであろうと旅費を出す。2013年に、マレンウェッグ氏はそのようにBusiness Insiderに語っている。また、同社は一時、対面での面接を行わずに、オンライン面接で従業員を採用していたことでも知られている。

Automatticのサンフランシスコオフィス

誰もいない、Automatticのサンフランシスコオフィス。

Automattic

それでも、同社は何年間もサンフランシスコにオフィスを構えてきた。オフィスは当初、テック企業が集まるPier 38にあったが、2011年、市が同エリアを安全でないと判断してオフィスを閉鎖。それで現在の1万4250平方フィート(約1300平方メートル)の豪華なオフィスに移転した。だがウォール・ストリート・ジャーナルによると、出社する従業員は1日5人程度だったようだ。

さらに同社は年次カスタマーカンファレンスの開催地を、サンフランシスコから、よりコストがかからないフィラデルフィアやナッシュビルに移している。結果的に、サンフランシスコ・オフィスは、そうしたイベントの開催場所としても使われなくなっていた。

Yahoo、IBM、ヒューレット・パッカードなど多数の従業員を抱える、より古い大企業は、近年リモートワークに消極的で、禁止しているケースもある。そんな状況の中で、Automatticはアンチテーゼのようだ。会社の体制が整ってさえいれば、遠く離れた場所にいる従業員も十分活躍できることを証明している。

source:WordPressAutomattic

[原文:$1 billion startup Automattic is closing its San Francisco office and having everyone work from home

(翻訳:Yuta Machida)