ドルの正しい値段を求める努力は無駄である – 塚崎公義(久留米大学商学部教授) – BLOGOS

 ドルの値段は、毎日、毎時、毎秒動いています。しかし、どこかに「正しいドルの値段」があるはずです。それが求まれば、大儲けできるかもしれません。そう考えている人も多いと思いますが、無駄ですからやめましょう。

 最初は、経済初心者向け解説です。一般の方は、飛ばしても大丈夫ですが、復習のために一読していただければ幸いです。

そもそも正しいドルの値段って何?……経済初心者向け解説

 まず、正しいドルの値段とは何でしょう? 途上国へ行くと、何でも安く感じます。日本で300円の物が1ドルで売っていたりすると、「正しいドルの値段は300円だろう」と考えたりしますね。

 国連などが、「世界中の生活費を同じにするようなドルの値段」を計算しています。計算結果は「購買力平価」と呼ばれています。ある意味で正しいドルの値段なのですが、それを知ったからと言って大儲けできるわけではありません。どこの国の人が実は一番豊かに暮らしているのか、といったことを知るためには有益ですが、アフリカの方が理髪代が安いからと言って、アフリカまで理髪をしに行く人はいませんから(笑)。

 理屈上は、貿易されている物の値段だけを比べて、各国の値段が等しくなるようなドルの値段を計算することが可能でしょうが、それを計算しても、やはり途上国と日本を比べれば、外国の通貨はもっと高くなる必要がある、という結果になるでしょう。しかし、それは円とドルの関係が変化すべきなのではなく、途上国通貨とドルの関係が変化すべきだ、ということなので、日本人が気にすることではありません。

 理由は色々ありますが、途上国には輸出産業が少ないので通貨が割安になりやすい、ということは重要でしょう。途上国に輸出産業がないと、輸出代金のドルを受け取ることができないので、輸入企業がドル買い注文を出すと、ドルが値上がりしてしまうのです。すると、ドルを持って買い物にくる日本人にとって、途上国の製品がどれも安く感じられるわけです。

 そうだとすると、途上国を見ていても、円とドルとの正しい値段はわかりません。途上国通貨とドルの間の正しい値段はわかるかもしれませんが、わかったとしても、大儲けはできそうもありません。どうせ輸出産業がなくて輸出ができないなら、正しい値段に向かって修正されて行く力が働かないからです。

世界中の貿易収支をゼロにするドルの値段が正しいのか?

 日本は貿易収支が黒字です。専門家はこうした議論の時に「貿易収支」ではなく「経常収支」を使うのですが、とりあえずここでは両者は同じものだと考えていただいて結構です。貿易収支が黒字だということは、今のドルの値段だと輸出が簡単すぎる、ということになりますから、もっとドルが安くならないと「正しい値段」にならない、ということになります。では、いくらになれば日本の貿易収支はゼロになるのでしょうか?

 これを求めるためには、日本製品と外国製品の価格が等しくなるようなドルの値段を計算する必要がありますが、各品目ごとに違う値が出てきますし、品質の違いをどう計算に織り込むかも難問です。

 そこで実際には、過去に概ね貿易収支がゼロであった時期を起点にして、日本の物価と米国の物価の上昇率分だけ為替が変化するのが正しい変化だ、という考え方で正しいドルの値段を求める方法があります。

 米国の物価が2倍になり、日本の物価が一定だったとします。そのままだと、日本製品が米国人から見て半額に見えるので、日本の輸出が激増しますが、ドルの値段が半分になると、日本製品の輸出競争力は以前と変わりません。そこで、「貿易収支をゼロに保つためには、米国の物価が上がった分だけドルの値段は下がるべきだ」ということになります。反対に、日本がインフレになった分だけドルの値段は上がるべきなのです。こうして「正しいドルの値段」は求めることができるのです。

 実際には、「実質実効為替レート」というものが計算されていて、日銀のホームページにも掲載されています。これは、「輸出困難度指数」とでも言うべきものです。米国の物価が上がると日本の輸出が容易になるので、実質実効為替レートは小さくなります。日本の物価が上がると反対に大きくなります。ドルの値段が上がると、日本の輸出が容易になるので、実質実効為替レートは小さくなります。

 こうした計算を、米国との間のみならず、他の貿易相手国との間でも行った上で、それらを統合して一つの指数として発表しているのです。それによると、今の日本の為替レートは、輸出が容易なので、今の為替レートは正しいレートよりもドル高すぎる、ということになっています。

実質実効為替レートでは将来の為替は予測できない

 実質実効為替レートが「今はドル高が行き過ぎているから、いつかはドル安になるはず」といった予測に使えるならば、それで大儲けすることが可能かもしれません。しかし、世の中はそれほど甘いものではありません(笑)。

 まず、為替レートが貿易収支に与える影響が、以前ほど明確ではありません。たとえばアベノミクスによって1ドルが80円から120円に5割も値上がりしたにもかかわらず、輸出数量も輸入数量もほとんど変化しませんでした。これでは「今はドル高すぎるから、今に輸出が増えて輸出企業のドル売りが増えてドル安になるだろう」といった予測は立てても仕方ありません。

 もちろん、ドルが10円や1000円になれば、貿易収支への影響は絶大でしょうから、全く意味がないとは言いませんが、80円が120円になった程度では、他の要因の影響の影に隠れてしまう場合も多い、ということでしょう。

 実質実効為替レート自体の問題も数多くあります。たとえば技術進歩が織り込まれていないため、「韓国や中国に技術力が追いつかれたので、貿易収支が赤字化しやすくなった」といった要素が無視されてしまうのです。少子高齢化によって労働力不足になり、輸出産業の労働者が減少した、少子高齢化により家計貯蓄率が低下して経常収支黒字が減少した、といった要素も無視されてしまいます。

 また、実質実効為替レートが影響するとしても、せいぜい貿易・サービス収支までであって、所得収支への影響は極めて限定的ですから、経常収支を均衡させる力を考える際には、不十分でしょう。

 さらには、日米金利差を考えると、恒常的にドルの割高状態が持続すると考える方が自然でしょう。経常収支を均衡させるドル相場が成立し、実際に経常収支がゼロになったとします。そうになると、貿易等によるドルの売り買いが均衡する一方で、日本人投資家が「円をドルに替えて米国債投資を行なう」ため、ドル買い注文が売り注文を上回ることによってドル高になるのです。

 こうして考えると、「実質実効為替レートから考えて、今はドル高すぎるから、いつかはドル安になるだろう。今のうちにドルを売っておこう」と考えるのは、一見すると理屈に合っていそうですが、そうでもない、ということになりそうです。金儲けは、それほど簡単ではない、ということですね。

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