不協和音を解決しないEUの5シナリオ〜EUに望まれるのは、構造改革議論よりも具体策の実行〜 – 経済産業研究所(RIETI)



EUは、3月1日に欧州の将来に関する白書を発表した。そこでは2025年に向けてのEU改革の方向性を5つの選択肢で示しているが、このような白書が公表されること自体EUに将来への危機感があることに他ならない。実際、域内不均衡はリーマンショック後一段と拡大しており(図表1)、移民流入も含めて域内国の不協和音は高まってもいる。
図表1:欧州主要国:一人当たり国民総所得の推移
図表1:欧州主要国:一人当たり国民総所得の推移

(出所)世界銀行

足元ユーロ圏経済は全体的に回復基調にあるが、それでも域内の経済不均衡が改善する歩みは遅々としている。ドイツのように、潜在成長力並みの経済成長を遂げており、トランプ米大統領から名指しで非難されるほどGDP比の経常黒字が大きい国がある一方、ギリシャのように財政(プライマリー・バランス)黒字を達成しつつも、さらに財政健全化が求められていて経済成長が依然としておぼつかない国もある。

国ごとに経済格差がある以上、ユーロ圏の域内不均衡が完全に解消することは難しい。しかし、国政選挙が欧州主要国で行われる年に当たって、ユーロ圏の域内不均衡がなぜ縮小しないのか、その上でEUの望ましい改革の方向性を見ることは、今年の世界経済を読み解く上でも大きなポイントである。

ユーロ圏が抱える経済課題

ユーロ圏域内の経済不均衡が縮小しない理由の1つは、協調的な財政政策や単一の金融政策が採られていることにある。ユーロ圏が域内経済統合を強める枠組みとして単一通貨を採用している以上当然ではあるが、それでも各国の経済状況に応じて柔軟な金融財政政策が採られないことは各国の均衡の取れた経済成長にプラスにはならない。

もちろん、ギリシャなどでは放漫な財政運営を行ったから財政危機に陥ったのであり、これらの国々が財政健全化を進める必要性はある。しかし、2016年のプライマリー・バランスが+2.3%(欧州委員会)となっているにもかかわらず、なお不十分として+3.5%が要求されるのは過度にしか見えない。日本が2020年のプライマリー・バランス黒字化で四苦八苦していることを見れば、+2.3%ですら達成困難とも目される水準を実現しており、それでも不足となれば目標自体に問題があるように見える。

しかも、ユーロ圏の協調的な財政政策の軸足は景気対策よりも経済健全化にあり、健全化努力がもっぱら財政状況の悪い国に求められている点にも課題がある。もちろん、深刻化した財政状況を立て直す責任は当事国にある。しかし、ユーロ圏全体の景気が今一つ芳しくない中では、加盟国全体が景気持ち直しに努力するのも当然である。

加えて、ギリシャの財政健全化には公的債務の一部カットが不可欠との意見がIMFなどから出ているものの、債権国側の消極姿勢から議論は進展していない。これでは、ギリシャの経済疲弊は長引くばかりである。

実際、財政健全化のための増税や歳出削減などでギリシャの需給ギャップ(GDPギャップ)は大きなマイナスとなっており、経済は低迷している(図表2)。

図表2:ユーロ圏主要国:GDPギャップの推移
図表2:ユーロ圏主要国:GDPギャップの推移

(注)GDPギャップは(実質GDP-潜在GDP)/潜在GDPで計算

(出所)欧州委員会

一方、ドイツは良好な経済成長を維持しており、量的金融緩和策とマイナス金利が維持されているECBの金融政策はあまりに緩和的なものとなっている。ドイツの経済成長は過去3年間潜在成長力並みないしはそれを超えるものとなっており、成長率は徐々に高まってもいる(図表3)。

図表3:ドイツ:潜在GDP成長率と実質GDP成長率
図表3:ドイツ:潜在GDP成長率と実質GDP成長率

(出所)ドイツ連邦統計局、欧州委員会

ユーロ圏の課題としてさらに指摘できるのが、域内での不均衡なマネーの流れである。マネーの面からみて、域内経済不均衡の是正を図るには貯蓄余剰の国から貯蓄不足の国にマネーが流れることが不可欠である。ところが、一番の貯蓄余剰国であるドイツの国際収支をみると、直接投資、証券投資、金融派生商品、その他投資および外貨準備で構成される金融収支は黒字となっていて、経常黒字やドイツ国債購入などで多くのマネーがドイツに流入していることが分かる。そして、ユーロ圏域内から得ている大幅黒字の多くは域外に投資されており、域内には十分還流していない(図表4)。

図表4:ドイツ:金融収支の推移
図表4:ドイツ:金融収支の推移

(注)国際収支ベース

(出所)ドイツ連邦銀行

ユーロ安で非難されるドイツ経済

ユーロ圏では通貨ユーロについても難題を抱えている。米国のトランプ大統領は対外貿易不均衡を問題視し、対米貿易黒字が大きい国を非難している。その中にドイツがある。2016年の米国の貿易赤字は7343億ドルに上るが、そのうち対ドイツは648億ドルで、全体の8.8%を占めている。

これは、中国の47.3%、日本の9.4%よりは少ないが、メキシコの8.6%よりは大きく、米国の貿易赤字相手国第3位である。加えて、米国が不公平な外国為替慣行を行う国として為替操作国に認定する条件の1つである貿易黒字200億ドル超を大きく上回る水準となっている。

ちなみに、米国が不公平な外国為替慣行を行う国の基準として示しているのは、①対米貿易黒字が200億ドル超、②経常黒字がGDPの3%超、③1年間の為替介入額(ネット)がGDPの2%超、の全てに合致することである。いまのところ、3項目全てに合致する国は出ていない。

では、通貨ユーロはどの位ドイツの経常収支を支えているのか。仮にドイツマルクがそのまま存続していたとして1990年比月平均でみると、最大でも36.2%の上昇(08/7)にとどまっている。これに対して、日本円は最大で89.1%(11/10)も上昇しており、ギリシャなどと通貨圏を形成することでドイツが為替相場の大幅上昇を回避できたのは明らかである(図表5)。

図表5:日本・ドイツ:通貨の対ドル相場の推移
図表5:日本・ドイツ:通貨の対ドル相場の推移

(注)1990年1月=1。ドイツはマルクおよびユーロの対ドル変動率。1より上が対ドル高、下が対ドル安

(出所)Barclays Bank PLC、GTIS-FTID/TRより作成

その上で、ユーロが現状比2割対ドル高となったとしてユーロドル相場を説明変数とする簡単な単回帰式で計算すると、経常黒字は現状の対GDP比8.9%(16年第4四半期)から2%ほど下がる結果になる。したがって、ユーロ高は相応にドイツの経常黒字を減らすと言える。

しかし、ユーロ高でユーロ圏域外に対する経常黒字幅は縮小しても、単一通貨ユーロが流通している域内での影響は限られる。ちなみに、ギリシャの対ドイツ貿易収支は、赤字ながらも改善傾向にある。ところが、その要因はもっぱらギリシャ経済が深刻なことによって対ドイツ輸入が減少していることにあり、対ドイツ輸出は一向に増えていない。当然ながら、この状況はユーロ高になっても為替変動のないユーロ圏域内では変わらない。

枠組み議論よりも不均衡是正策が先決

ドイツの経常黒字の問題は、必ずしも域外との通商関係に限らない。むしろ、単一通貨を採用しているユーロ圏内でどのような不均衡是正策と資金還流策を採るかにもかかっている。ドイツが積極的な財政刺激策を採らず、ギリシャなどの債務危機国が財政健全化を最優先で図っていては、ドイツのみならずユーロ圏の貯蓄余剰は増えるばかりで経常黒字の削減にはなかなか結びつかない。

必要とされるのは域内での貯蓄余剰の活用促進であり、とりわけドイツがその貯蓄余剰を活用することに他ならない。そして、その余地は財政支出や金融システムなどにある。

もっとも、財政支出では、ドイツが景気刺激を行うことが容易に考えられるが、すでに潜在GDP並みの成長を実現しているドイツにとって、現状以上の経済成長は景気を過熱させるものであり、実行しにくい。むしろ、ありうるのはAI時代に対応するような社会基盤整備や産業育成などのEU共同プロジェクトにドイツが資金拠出をする形であろう。

また、金融システムでは、何よりギリシャなどの債務危機国にスムーズに資金が流れる枠組みが必要で、IMFの指摘にも鑑みればギリシャの公的債務をカットする方向が検討に値する。そして、この債務カットは、最大の債権国であるドイツが最終的には最も負担することにもなる。

冒頭に述べたように、ちょうどEUは2025年までの欧州に向けて5つのシナリオを提示している。それらは、①現状維持、②単一市場だけの存続、③統合速度の多様化、④政策の選択と効率化、⑤全分野にわたる統合深化である。

完全統合を最終目標とするEUにとっては、長期的には⑤案が望ましく、その実現に向けての議論が欠かせない。また、加盟国の経済格差を勘案すれば、③案の統合速度の多様化も現実的な案である。

しかし、短中期的には加盟各国が満足する経済不均衡の具体的解決策が求められている。それは、ドイツの貯蓄余剰をいかに域内で有効活用するかの視点なしには語れず、この当面の策なくしては将来のEUのあり方議論も砂上の楼閣になりかねない。

EU内で現状の枠組みや経済金融情勢に不満や不協和音が高まる中、EU自身が今後のEUの在り方の議論を加盟各国に呼び掛けたことは画期的と言える。しかし、当面の事態を打開するためにEUと加盟各国に求められている覚悟は、完全統合に向けた覚悟ではなく貯蓄余剰国が身を切る別の覚悟である。



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