アジアのトランプ、ドゥテルテ訪日中止の舞台裏 – BIGLOBEニュース





6月5日と6日、国際交流会議「アジアの未来」が東京で開催された。「アジアの未来」は、例年、首脳をはじめアジアの名だたる要人が招待される日本有数の大型国際会議だが、今年の目玉は、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の出席だった。

ところが、会議当日、ドゥテルテ大統領の姿はなかった。フィリピン政府は、会議のわずか1週間前の5月30日、大統領の訪日中止を発表したのである。

ドゥテルテ大統領の訪日は、実現すれば、昨年10月に続く就任以来二度目の機会になるはずだった。ドゥテルテ氏は就任以来、親中国の路線を明らかにしており、5月上旬には北京で開かれた「一帯一路」をテーマとする国際会議に出席している。今回の訪日は、日本政府にとっても中国に対抗して日比関係を強化する上で重要な機会となるはずだった。

突然の訪日中止の裏で、一体何があったのか。

フィリピン史上3度目の戒厳令

5月23日、ドゥテルテ大統領は、訪問中のロシアにおいて南部ミンダナオ島に戒厳令を布告した。

同日、戒厳令に先立ち、ミンダナオ島で活動するイスラム武装勢力「マウテ」は、西部マラウイ市でフィリピン国軍と警察との間で大規模な交戦に入った。これにより、国軍兵士と警察官3人が死亡。マウテは病院や市庁舎を占拠し、マラウイ市民を「人間の盾」として人質にとった。

戒厳令は、マラウイを占拠する武装勢力含め、ミンダナオ島におけるイスラム武装勢力を掃討し、治安を回復することを目的に布告されたものである。

ドゥテルテ大統領は、ロシア訪問の日程を短縮して急遽帰国。プーチン大統領との会談は前倒しで実現したが、メドベージェフ首相との会談はキャンセルされた。

本稿執筆(6月7日)時点で、マラウイ市での交戦は続いている。国軍兵士と警察官の死者は38人、武装勢力側の死者は120人に上った。ドゥテルテ大統領は、「安全が保証されるまで戒厳令は続ける」「必要であれば全土に拡大する」と宣言し、治安回復のため一歩も引くことのない強い決意を明らかにした。

訪日中止は、このような緊急事態を背景に決定されたものである。

第2次大戦後、フィリピンで戒厳令が布告されたのは、1972年のマルコス政権、2009年のアロヨ政権に続き3度目である。マルコス時代の戒厳令は9年の長きにわたり、フィリピン国民には忌まわしい記憶として残った。

今回の戒厳令の期間は60日間で、地域はミンダナオ島に限定されている。しかし、ドゥテルテ大統領は、イスラム武装勢力を掃討するまでは期間を延長し、地域もフィリピン全土に拡大する可能性があると述べている。

イスラム教徒との和解は大統領の悲願

ミンダナオ島は、キリスト教徒が多数を占めるフィリピンにおいて全人口の5%を占めるイスラム教徒が集中して居住している。この島では、長年にわたり、分離独立を目指すイスラム系武装勢力とフィリピン政府との間で武力衝突が続いてきた。

ドゥテルテ大統領は、イスラム系武装勢力との和平を政権の重要課題と位置づけ、就任以来、並々ならぬ意欲をもって取り組んできた。

大統領就任前、ミンダナオ島の最大都市であるダバオ市において、市長、副市長、下院議員などを務め、約30年の長きにわたり同市のリーダーとして君臨したドゥテルテ氏は、イスラム教徒への理解が深く、長男パオロ・ドゥテルテ氏(現ダバオ副市長)はイスラム教徒の女性と結婚している。代表的なイスラム系武装勢力であるモロ民族解放戦線(MNLF)とモロ・イスラム解放戦線(MILF)のトップとは個人的な親交がある。

それだけに、自分であれば、歴代政権が解決できなかったイスラム教徒との和解を実現できるという、強い自負と自信があるのだろう。

一方で、ドゥテルテ大統領は、アブ・サヤフ、バンサモロ・イスラム自由戦士(BIFF)、マウテといった武装勢力に対しては徹底的に弾圧する構えを見せている。これらは、1990年代ないし2000年代から活動を開始し、アルカイダなど国際テロリズムとの関係が深い新興のグループであり、70年代ないし80年代から分離独立を目指してきたMNLFとMILFとは性質が異なる。これらのグループはいずれも、近年、「イスラム国」への忠誠を誓っている。

今回、マラウイ市で交戦に入った武装勢力はマウテとアブ・サヤフである。しかも、戦闘員の中には、イエメン、サウジアラビア、チェチェンなどの外国人が含まれているという。

ドゥテルテ大統領は、「敵はマウテではなく『イスラム国』だ」と断言した。独立のために戦うイスラム教徒などではなく、外国からやってきたテロリストであると主張するものであり、その活動はフィリピンのみならず東南アジア全体にとって脅威になることを示唆したといえる。

MNLFとMILFとの和平交渉は難航しており、ドゥテルテ大統領も「楽観的にはなれない」と述べている。

交渉が難しい理由の一つには武装勢力同士の関係が複雑なことがある。アキノ前政権ではMILFとの和平交渉を進めており、MNLFはその和平プロセスに加わることには消極的であった。また、フィリピン政府とたびたび軍事衝突しているアブ・サヤフとBIFFはMNLFとMILFとつながっているという疑惑もある。他方、今回のマウテ掃討戦においては、MNLFとMILFはフィリピン政府に協力する姿勢をみせている。

国民の期待にこたえた政権の1年

ドゥテルテ政権は、6月30日に発足1周年を迎える。

就任時点で9割を超える圧倒的な国民の支持を得ていたドゥテルテ大統領は、その高い期待にこたえたといえるのだろうか。

結論から言えば、答えは「イエス」だろう。

ドゥテルテ大統領に対する国民の支持率はいまだ7割を超えている。就任時点と比べれば下がってはいるが、歴代政権と比較すればその人気はなお圧倒的であり、1年が経とうとする時期にこれだけの水準を保っていることは驚異的である。

海外では、超法規的殺人、死刑の導入、戒厳令といった強権的な政策、米国を敵視する過激な言動ばかりが取り上げられ、「アジアのトランプ」とも揶揄されるドゥテルテ大統領だが、米国のトランプ大統領とは決定的に異なる点がある。それは、支持基盤の広さである。

ドゥテルテ大統領は、国民からは、エリートから貧困層、マニラ首都圏から地方、マイノリティーに至るまで、幅広い層において支持を得ている。マニラのエリート層から支持されたベニグノ・アキノ前大統領とも貧困層から支持されたジョセフ・エストラーダ元大統領とも異なり、階層を超えて国民の連帯を実現させた稀有なリーダーといえる。単純に「ポピュリスト」と片付けると本質を見誤ることになる。

これだけの支持を得るのは、不正を絶対に許さない正義感、清貧さ、弱者に対する優しさ、ユーモアといったキャラクターに加え、ダバオ市の治安と経済を劇的に改善させた実績から、フィリピンの構造的な問題を強権で解決できる唯一無二のリーダーと期待されているからである。

ドゥテルテ政権は、こうした期待にこたえるべく、次々に新たな政策を実施している。「犯罪者は殺す」という過激な言動と「麻薬戦争」、米国を敵視する「自主独立外交」ばかりが海外では取り上げられる傾向があるが、実際には経済政策においても強い指導力を発揮している。

まず、「インフラ整備の黄金時代」を目指し、インフラ支出(GDP比)を10〜16年の平均2.9%から22年までに7%に引き上げる方針を示した。17年度のインフラ予算は5.4%に上っている。

ドゥテルテ政権、迅速な有言実行

4月には「ドゥテルテノミクス」と題する経済政策を発表。22年までに上位中所得国になることを目指し、インフラ整備に総額18兆7000億円を投じるとしている。フィリピン初となるマニラ首都圏の地下鉄事業については日本政府から支援を受ける予定であり、11月に交換公文の署名が行われる方向で調整されている。

5月末には、所得税の減税、石油製品の物品税引き上げなどを含む税制改革の法案が下院を通過した。改革によって税収増を実現し、インフラ支出の税源を確保するねらいがある。

汚職対策、行政の効率化、外資規制の緩和に対しても、就任時から積極的に取り組んでおり、現地の企業や人々から聞くと、わずかな期間で目に見える成果が表れているという。その迅速な有言実行に対するビジネス界の評価は極めて高い。

フィリピンは新時代を迎えるか

近年、フィリピン経済は6%を超える成長を続けており、16年は6.9%と中国を超え、ASEANの中でもカンボジア、ラオスと並ぶ最高水準の成長率を達成した。名目GDPも3000億ドルに達し、マレーシアを抜いて、インドネシアとタイに次ぐASEAN第3位の規模に成長した。個人消費の力強さに加え、建設投資や設備投資も拡大。外国直接投資も拡大を続けており、16年の流入額は前年から41%増の79億ドルに上る。

かつて、フィリピンは、他のASEAN諸国が「東アジアの奇跡」ともいわれる高度経済成長を実現する中で、ただ一人取り残され、長年にわたる停滞から「アジアの病人」ともいわれた。その背景には、財政赤字や高インフレといったマクロ経済の脆弱性、インフラ不足、既得権益層の強さといった事情があった。そうした状況を生み出した最大の原因は、汚職や腐敗の横行、適切な経済政策を実行する統治機構の欠如といった、政府のガバナンスの弱さである。

しかし、21世紀に入り、アロヨ政権下でマクロ経済の安定化策がとられ、アキノ政権下で政治と治安の長期的な安定が実現したことで、ついに飛躍の基盤が整うに至った。前政権の遺産を受け継いだドゥテルテ政権は、国民と議会から圧倒的な支持を得て、「フィリピン史上最強」ともいわれるリーダーシップをふるい、更なる発展に向けた政策を打ち出している。

その強権的な統治手法ゆえにドゥテルテ政権にはいくつもの不安がある。「麻薬戦争」による死者は8000人に上る。米国に対する激しい批判はフィリピン国民や議員、軍を不安にさせている。中国への過度な接近は南シナ海やスカボロー礁の領有権問題を棚上げにするのではないかという批判がある。

しかし、ドゥテルテ大統領は、今年に入り、麻薬戦争の「一時中断」を宣言し、今後はできるだけ「血の流れない」対策を行うとして方針転換をはかっている。

また、米国との関係では、トランプ政権が発足すると、発言のトーンを和らげ、電話会談を行って信頼関係を築くなど、オバマ前政権のときとは明らかに異なる姿勢をみせた。中国に対しては、その融和的な姿勢に変わりはないが、領有権に関しては譲らないという強気の発言もみられるようになっている。

当面において気になるのは今回布告された戒厳令の行方である。その期間を延長し、対象地域をフィリピン全土に拡大することになれば、フィリピン国民のドゥテルテ大統領に対する絶大な信頼にも揺らぎが生じるおそれがある。

ドゥテルテ大統領がこうした課題に適切に対応し、経済改革の路線を着実に実施できれば、フィリピンがかつてない発展を遂げる可能性は十分にある。現地の企業や人々の声を聴くとすでに高揚感がみなぎっているように感じる。フィリピンが新時代を迎えることができるか。政権が2年目に入る中、「フィリピン史上最強の大統領」の真価が試される。



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